■逝きし言葉

 ■逝きし言葉・「儀を見てせざるは勇無きなり」と雨ニモマケズ

宮沢賢治の遺作というか遺品のメモであった「雨ニモマケズ」のモデルであった斎藤宗次郎

明治末期に元教諭であった彼は、クリスチャンの教えに魂を憂さぶられ、クリスチャンになり日々布教活動するも、

当時はエソと皆から、忌み嫌らわれ、疎まれ、自分の子供もまでも被害に合って尚、

怒るでも無く、じっと耐え人々に愛の教えを布教し続ける。


そんな宗次郎を賢治もいつも目にしており、

そんな彼に畏敬を抱くも、賢治は傍観者であったと思う。

雨ニモマケズの人間像は、如何にも日本人、東北人の実直に生きる姿だと思う。

日本人、人はこうであるべきだと思う。


だがしかし、

世界の人々は日本人が思うほど、善人でもな無い、

己の実直さが伝わる事も無く、逆手に取られる事さえあると言うのが世界の現実。

正義を叫んでも、殆どの人は見て見ぬふりをして、「今だけ、自分だけ」

「儀を見てせざるは勇無きなり」は終戦と共に、良き日本人は彼方に消え行ったのか!?


私の壊れた左目は、いつも涙で覆われ、世界が歪んでる。


●雨ニモマケズ(原文はカタカナ漢字で、空白、インデントも無い)

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雨にも負けず

風にも負けず

雪にも夏の暑さにも負けぬ

丈夫な体を持ち

欲はなく

決していからず

いつも静かに笑っている


一日に玄米四合と

味噌と少しの野菜を食べ

あらゆることを

自分を勘定に入れずに

よく見聞きしわかり

そして忘れず

野原の松の林の陰の

小さなかやぶきの小屋にいて


東に病気の子供あれば

行って看病してやり

西に疲れた母あれば

行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば

行って怖がらなくてもいいと言い

北に喧嘩や訴訟があれば

つまらないからやめろと言い

日照りのときは涙を流し※

寒さの夏はオロオロ歩き

みんなにでくのぼうと呼ばれ

褒められもせず

苦にもされず


そういう者に

私はなりたい

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